毎日新聞 (神戸、阪神版) 2014.10.7

毎日新聞 (京都) 2014.6.27

中学3年生の女生徒から夏休みの読書感想文が届けられました。 2010.8.27

   「短歌」      兵庫県 小山晴江 14

 

 私は夏休み「生きていくための短歌」という本を読みました。何故、そのような本を読んだかというと、ある高等学校のオープンハイスクールがきっかけです。私はその高校の体験授業で「生きること学ぶこと」という国語の授業をうけました。講師の先生はとても気さくな方で、神戸の定時制高校の先生をやっておられる南悟先生でした。その南先生が私にご自身が書かれた本をくださったのです。

そして、「よかったら本を読んだら感想文を書いてくださいね。」と言われました。

 この「生きていくための短歌」は、定時制高校に通う人たちの詠んだ短歌や、その背景を書いたものです。

 いくつもの短歌の中でふと、私の目に止まったものがあります。

 それは鉄筋を運ぶ仕事をしている女子高生の短歌です。

 「好奇心 始めた現場 汗まみれ メットかぶって 鉄筋運ぶ」

 私はこの短歌を読んでこの人はすごく強いなぁと思いました。女の子だけど男性に混じって鉄筋を 一生懸命に運ぶ。そんな姿が頭にうかび、こんなに重くてつらい仕事をしてまでも自分の間違った人生を立て直そうとしているんだと思いました。

 これは、短歌ではありませんが中学時代、不登校だった男の子が、小学校四年生の女の子に 自分の経験して感じたこと等手紙にして書いていました。

 そこには小学生の女の子にも分かりやすいようにすごく丁寧に手紙が書かれていました。

そして、「不登校」というものを、「普通に学校に行っていたらこんな体験できなかった」のだから。と、得しているというように書いていました。私は、この手紙を私がもらったらすごく勇気が出ただろうと思います。

 自分の気持ちを分かってくれ、学校へ行けと無理強いしないでただ、「一緒に頑張ろうね。」と 言ってくれる。多分その一言だけで女の子はとても気持ちが楽になっただろうと思います。

 私もこの手紙に勇気をもらったからです。「これからまだまだいやなことも楽しいこともいっぱいあるけど、出口を探して前へ進めばいいんだよ。」私も最近受験勉強というのがいやでしょうがありませんでしたが、この手紙を読んで、プラス思考で考えていこうと思いました。

受かっても、落ちても私はこんなに頑張ったと胸を張っていえるように。

 もう一つ、震災を詠んだ短歌がありました。

 「震災で 隣家の家族 がれき下 埋もれた声と 焼け野原」

 この人は、当時小学校二年生だったそうです。

 震災で隣家の友達を失い、自分が助ける力もなく、ただ逃げることしかできなかったのは、 すごく辛いだろうと思います。私はこのような震災に遭ったことはないので分かりませんが、 私がもし、このような状況にいても同じように仲のいい友人が亡くなってしまうのは辛くてたえきれないだろうと思います。

 私はこの本を読むまで定時制高校の事をほとんど知りませんでした。

 学校で、こういう学校もあるんだよ。というふうには聞いていましたが、詳しくは知りませんでた。    定時制高校は60歳のおじいさんでも入れるということにすごくびっくりしました。 高校なのにおじいさんまで入れるんだと思いました。中には40代・50代のお母さんたちまで通っているらしいです。

 おじいさんや、お母さんたちの高校生姿を想像し、笑えてきそうなところですが、おじいさんは中卒で妹や弟たちの学費を稼ぐため高校で勉強ができず計算等ができなかったりと、 恥しい思いもしてきたそうです。それで60歳になっても勉強したいという気持ちは変わらなかったんだと思います。

 お母さんたちは、女手一つで子ども3人を育ててきたりとかで勉強するひまがなかったんだろうと思います。こうやって不登校や家庭の事情であったりたくさんの人が学びたくても学べない、学校へ行きたくても行けない。そんな中で普通に学校へ行って勉強ができているのを幸せと思わなくてはいけない、

そして、生きているというありがたさ、喜びを感じました。

 

伊丹市立図書館が「生きていくための短歌」を夏休みの課題図書に選定。

偶然訪ねた伊丹市立図書館。入口に「生きていくための短歌」と朝日新聞の「ひと」欄が紹介掲示されていました。司書のOさんに訊ねると「夏休みの課題図書に選定し、たくさんの方に読まれています。」とのことでした。Oさんに感謝を伝え拙著を進呈させていただきました。(9月10日)

少林寺拳法の会報誌 2010.9月号で紹介されました。

沖縄タイムス紙で紹介していただきました。

沖縄タイムス 2010.7.14
沖縄タイムス 2010.7.14

神戸新聞で2週連載で紹介していただきました。 2010.6.13~6.20

神戸新聞 2010.6.13
神戸新聞 2010.6.13
神戸新聞 2010.6.20
神戸新聞 2010.6.20

神戸新聞 「正平調」で紹介していただきました。 2010.6.23

2010/06/23

人は何のために働くのか。経済上の理由もあるが、それだけではないだろう。生きがいを感じる人も多い。責任や達成感など、仕事はいろんなことを教えてくれ る◆夜間定時制高校には働きながら学ぶ生徒たちが通う。収入がないと学校に行けない。生き方を探したい。さまざまな事情や思いを抱えながら、教室で机を並 べる◆その一つ、県立神戸工業高校では、今春まで国語教諭として勤務した南悟(みなみ・さとる)さん(63)が面白い授業を続けてきた。自分を短歌で表現 する取り組みだ。南さんは成果を「生きていくための短歌」という本にまとめた◆〈不登校働き学ぶ夜学へと優しい友と卒業めざす〉。こう詠んだ男子生徒は中 学時代、学校に行けなかった。それが毎朝7時に起き、仕事を終えて登校できるようになった。同じように働く級友と職場の大人たちの励ましが支えだ◆南さん は授業態度がよくない男子生徒の襟をつかんで注意したことがある。すると手に油が付いた。昼は機械工として働き、作業服のまま疲れた体で登校していた。 〈工場の昼なお暗い片隅で一人で向き合うフライス盤〉。その生徒の歌である。それから生徒の働く姿を理解するよう心がけたという◆別の男子生徒はこう詠ん だ。〈人生に花が咲こうと咲くまいと生きてることが花なのだ〉。そう信じられる社会でありたいと思う。参院選があす公示される。働き、学ぶ若者の願いを政 治に届けたい。

 

山陰中央新報のコラムで紹介していただきました。 2010.5.14

 

  

 明窓 :  居心地のいい場所に

 

 仕事柄、読む本は多いが、涙があふれ読むのを中断するような本にはめったに出合えない。友人のブログで紹介されていて読み始めた新書。涙をふき、鼻水をすすりながら一気に読み終えた「生きていくための短歌」(南悟著、岩波ジュニア文庫)。夜間に定時制神戸工業高校で学ぶ生徒たちが詠んだ短歌が紹介されている。不登校、引きこもり、家庭の不和、リストカット。さまざまな事情を抱える生徒が教室に居場所を見つけ、懸命に生きている思いを31文字に託している<不登校働き学ぶ夜学へと優しい友と卒業めざす 山口雅輝>中学時代に不登校だった生徒の短歌をきっかけに、他の生徒も次々に経験談を語りだす。級友の励ましや支えが立ち直りへの大きな力となっている。<定時制自分の感性育てられ勉強苦手も馬鹿にはされない 児玉麗美野>島根県立宍道高校(松江市)が開校した。定時制(午前、午後、夜間)と通信制を併置した普通科の高校だ。307人が入学した。定時制午前部は競争率1・5倍と県内最高。全日制で学べない事情を持つ生徒が多いことを裏付けた制服なし。自動車通学もOK。1時限90分授業。生徒の自己責任を促すためチャイムは鳴らさない。全日制より自由度は高い。真田直幸校長は「卒業時に社会人として通用する人間を育てたい」と話す<四年間挫折しかけて立ち直り学校仕事みんなの支え 本田篤史>新しい宍道高校が、事情を抱える生徒にとっても、居心地のいい場所であってほしい。(晶)

 

 

 

朝日新聞 書評欄で紹介されました。2010.1.24日(日)付け

 

新書

 南悟著『生きていくための短歌』

 

「短歌を詠むことは、自分に向き合うことで自己再生をはかる作業」という著者は、神戸市の定

 

時制高校教師。生徒たちが直面している現実は、不登校、ひきこもり、荒れた生活からの進学、

 

厳しい労働条件の職場との両立、そして震災。そこから生まれたリアルな言葉が胸を打つ。(岩

 

波ジュニア新書・777円)

 

また、同紙生活欄に、中塚久美子記者の署名付きで、カラー写真付きで大きく紹介されました。

 

1面の記事紹介トピックスにも「短歌に刻む夜学の心、本に」と紹介。

 

 

みだしのみ紹介。

 

短歌に刻む夜学の心」「神戸発 働き学ぶ 喜びよ」「新書化 山田洋次さん「映画に」

 

 

 

 

 

 

 

朝日新聞で紹介していただきました。 2010.1.24

朝日新聞 2010.1.24
朝日新聞 2010.1.24

 

 

 

 

 

北海道新聞 1面「卓上四季」(朝日新聞でいう天声人語の欄)に「生きていくための短歌」が紹介されました。北海学園大学准教授 田中綾先生が送って下さいました。感謝申し上げます。

 

北海道新聞「卓上四季」 2010.1.9付け

 

楽しさだけで生きるのは難しい。苦しいと嘆くだけでは何も始まらない。もがきながら、努力する。一

 

生懸命な姿に引かれるのは、たとえばこんな短歌に出合った時だ▼<コンビニでせっせと働く15才夜学

 

の机で今夜も勉強 石田将成>。定時制高校に通う生徒が作った。次のもだ。<中華屋さん注文聞いて客

 

席へおいしいの言葉めっちゃうれしい 松本咲夢>▼昨年末の本紙「日曜文芸」で田中綾さん(北海学園

 

大)が紹介した「生きていくための短歌」(岩波ジュニア新書)で見つけた。著者の南悟さんは神戸の

 

定時制高校で、授業に短歌作りを取り入れている▼生徒たちの仕事は、毎日「めっちゃうれしい」ばか

 

りではない。<溶接の火花するどくマスクを通す目の充血で眠れぬ痛み 桑原一生>。働き口も減ってい

 

る。<腹立つわ仕事ぜんぜん決まらないボクシング練習ストレス発散 吉野鉄生>▼慣れぬ職場に失敗は

 

付き物だ。<レジ打ちでお金もらい忘れ怒られてパートさんに慰められる 北川一樹>。こんな歌を詠め

 

る生徒は、きっと一緒に働く人に優しくなれるのだろう▼不安定になった雇用形態に不況が加わり、働

 

きづらい時代だ。生徒たちの思いには広がりがある。<おっさんが首になった検品の作業任され頑張りと

 

おす 山本マルコス・アキラ>。タイトルにある「生きていくため」という言葉は世代を超えて切実だ。

 

 

 

 

 

「生きていくための短歌」の書評が北海道新聞に掲載されました。

 

執筆者の北海学園大学准教授 田中綾先生から送られてきた新聞を紹介させていただきます。

 

2009年12月20日(日)付け文芸欄

 

書棚から歌を  田中 綾

 

 生きる意味さがし求めて夜学へといまだ見えない明日への光  若月 侑子

 

この歌は、定時制神戸工業高校に通う生徒の作。同校教諭の南悟氏は、1986年から授業に短歌創作を取り入れ、「明日への光」を探しあぐねる生徒たちも、率直な想いを定型に託している。

 

 俺は今大工の華咲く一五才足場に上がり破風板を打つ  山崎裕太

 解体の木材運びけが続き治す暇なく夜学へ走る  辻雄一郎

 

日中の仕事で疲労はピーク。しかし、校舎へと走る生徒たちの肉声だ。神戸港や鉄工所、靴工場などで働く一人一人が、地元を支える力でもある。

 95年、神戸市を中心に震度7強の地震が起きた。阪神・淡路大震災である。生徒たちはそのただ中で、失語に近い衝撃を受けた。この時ばかりは、「震災体験を歌に」と促す南先生に、「何を軽いこと考えているんや!」と胸ぐらをつかんだ生徒もいたという。その男子生徒が、1年という時間をおいてやっと心の内を言葉にしたのが次の歌。

 

 駆けつける友の住まいは崩れ落ち生き埋めの友に我は無力  坂居 保

 

「友」の分まで生き抜く姿は決して「無力」ではないだろう。

震災直後に子どもを産んだシングルマザーは復学し、漢字の源の話に目を輝かせた。勉強の「勉」と分娩の「娩」の字が、どちらも人を産む意の「免」から成っていることー

知識を学び身につけることは、人間を産み育てることと限りなく近い行為なのだ。

 

 詩歌は、ほんの一歩、今日よりも人間らしい明日を生きるための発語である。

 

 ☆今週の一冊 南悟著「生きていくための短歌」(岩波ジュニア新書、2009年)

                                   (北海学園大准教授)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009年12月22日 (火)  hiperk 様(千葉県)のブログから引用させていただきました。

 

ありのままに

 

文章については、些か自負はあるけれど、短歌とか俳句だとか、そういうものの素養はない。
20年ほど前にベストセラーとなった『サラダ記念日』には、たぶん多くの人と同様、ちょっと影響受けたりして、5・7・5・7・7に挑んだりもしたが、それだけのこと。サラリーマン川柳みたいなものは、まあ、これも一般的な話だろうが、少しは興味を持つけれど、こちらも、所詮は遊び。

だから、『生きていくための短歌』(南悟、岩波ジュニア新書)という本を贈られたとき、正直、シンドイと思った。誰あろうseigu翁からで、知らん顔できないし。この手は、斜め読みするのも難しそうだし。中高年相手に人気の芸人のような、笑いの対象でもなさそうだし。

 

先日、仕事の行きかえりにチャレンジすることにした。200頁ほどの、最初の一章、約30頁で挫折。つまらないから? いや、まったくの正反対だ。思わず泣きそうになり、それ以上、読み進めなくなったのである。
単なる形容詞ではなく、ホント、涙が滲んできた。人前でなければ、嗚咽になっていたかもしれない。急いで、本を閉じた。電車の中だもの。

 

そんなわけで、やっとの思いで、まだ半分程度。目の前の仕事もあって、読了まで、いましばらく時間を要しそう。でも、早く紹介したい。

「定時制高校生が詠む、魂の歌」との惹句は大袈裟ではない。その名のとおり、昼間は働き、夜に学ぶ、おおむね10代の、ほとんど初心者たちが、技巧もなく、飾りもなく、ありのままに、生きる喜びや悲しみなどの、思いを込める。

その思いが、ストレートに、こちらの心に届く。なまじテクニカルではないだけに、不思議なくらい、この独尊オヤヂに迫ってくる。


いまのところ、たとえば俵万智のような、さすがとかうまいとか唸らされる歌は、ない。いや、下手と言うべきだろう。でも、突き刺さるのだ。シロウトゆえの素朴さ、それが、まっすぐに。

著者の南さんは、定時制神戸工業高校の教師を30年間、務める。国語の先生ではあっても、別段、「歌人」とかではないようだ。この南さんの、詠み手の紹介が、うまいのかもしれない。淡々と、事実だけを書き記し、歌を紹介する。それがまた、涙を誘う。

 

冒頭で、文章には自信があると書いたけれど、いやいや、ちょいと恥ずかしくなってきた。ぼくには、これらの短歌の、詠み手の高校生たちの、そして、この本の素晴らしさを、ちゃんと伝える自信がない。

よかったら、買って、読んでください。

 

しんぶん 赤旗 で紹介されました。 2010.4.23

 

 

 

 

新潟日報 で紹介されました。 2010.5.1

 

「好奇心 始めた現場 汗まみれ メットかぶって 鉄筋運ぶ」。昨春、入学した女子生徒の作だ。神戸市の定時制高校で教える南悟さんは、青春の怒りや悔しさ、働く喜びを歌にぶつける効用を説く
▼この一首は南さんの著書「生きていくための短歌」(岩波ジュニア新書)にあった。「朝仕事 夕方学校 夜柔道 眠たい毎日 気合で乗り切る」。先の生徒はマンション建設現場で働く。仕事後に授業を受け、部活でまた汗を流す
▼本紙夕刊の連載「ルポ 子どもの貧困」に出ていた定時制高校生が、100円ショップで買った薬用オブラートで空腹を満たす光景が頭から離れない。コンビニや飲食店など毎日三つも仕事を掛け持ちしても、満足な食事さえ取れないのだ
▼南さんの著書に戻る。今は失業中の5年前の卒業生が、宮沢賢治の詩を抜き書きしたノート3枚を渡し「生徒を励まして」と訪ねてきた。「氷砂糖をほしいくらいもたないでも、…うつくしい朝の日光をのむことができます」という「注文の多い料理店」の一節もある
▼「暗闇の中、私たちはきっと試されているのです。…支えあう優しさを分け合うことができるか。そこには、お金や、名誉、学歴は要りません」。ノートはそう結ばれていた
▼昨年度平均の求人倍率は過去最低だった。3月の失業者350万人のうち、新卒者は21万人に上る。きょうはメーデー。働きながら定時制で学ぶあの生徒たちの姿が集会にあるだろうか。自民党政権が崩壊し初めて迎えたこの祭典は、誰のためにあるか考えてしまう。

新潟日報201051

 

毎日新聞 ほっと兵庫
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